伴走という仕事

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伴走という仕事 ーメインで走る人は誰だ?

「伴走します」という言葉を使うようになって、しばらく経ちます。

ただ正直に言うと、理想通りの伴走ができているかと問われれば、まだそうではないことの方が多いです。任せていただいている、という感覚の方が近い場面も少なくありません。それはそれでありがたいことではありますが——。

それでも私がこの「伴走」という言葉にこだわるのは、この仕事の本質がそこにあると思っているからです。

制作は、どこまでいっても代行です

Webサイトの制作や改善を仕事にしていると、ある限界に気づきます。

どれだけ丁寧にヒアリングをして、どれだけ良いものを作っても、それはクライアントのものを代わりに作っている状態でしかありません。そこから生まれるアイデアは、どこまでいっても第三者的なものです。

もちろん、それが必要な場面は多くあります。外から見るからこそ気づけることもあります。

そのために私がいると言っても過言ではありません。

ただ、第三者のアイデアが本当の意味を持つのは、当事者の中に方向性や意思があってこそです。当事者の意思がなければ、第三者は実は第三者として機能していない。私はそう思っています。

伴走できるかどうかは、相手の意思次第

では伴走とは何か。シンプルに言えば、相手に意思があるときに成立するものだと思っています。

よく考えてみれば、走る人と一緒に走るのが伴走者です。走る人がいなければ、伴走者とはいえずそれは走っている人です。

意思がある人には、言葉になっていなくても、課題があります。やってみたいことがあります。こちらからの話に対して、意見や反応が返ってきます。そうなってはじめて、一緒に考えることができます。

逆に、言われたことをただやっている状態のクライアントとは、どれだけ時間をかけても伴走にはなりません。こちらが提案しても、それを受け取る側の意思がなければ、提案は宙に浮いたままです。

じわじわと、話を聞くことから始める

では、私はどう向き合っているか。

私がやっていることはシンプルで、とにかく相手の話を聞くようにしています。こちらから提案や情報を出すのではなく、まず聞く。そこからじわじわと、プロジェクトの話を絡めていく。

そもそも、プロジェクトに完全に無頓着な方はいません。どうせ同じ時間を過ごすのならそのプロジェクトに関心をもって関わって欲しいという思いから、少しずつ話を絡めていき、どこかに共通して面白いと感じる部分を探していきます。

そうしていると、変化の瞬間があります。こちらから聞かなくても、相手が喋り出す瞬間です。何か面白く感じてくれてきたな、という気配を感じる瞬間。

そのとき、正直、少し嬉しくなります。一緒に考えることができそうな予感がするからです。それが伴走の入口だと思っています。

引き立て役として

私はどこまでいっても代行です。所詮、引き立て役でしかありません。

ただ、引き立て役には引き立て役の仕事があります。当事者の意思を引き出し、その意思が形になるための場を整える。第三者だからこそ見える景色を、当事者に手渡す。

制作を依頼したいのではなく、一緒に考えたいと思っている方に、私の仕事は機能します。

ぜひ私に、引き立てさせてください。

著者:稲本浩介

著者:稲本浩介

コミュニケーション設計所代表 / 情報アーキテクト

「わかりやすく伝えるにはどうしたらいいか?」を常に考える福岡の情報アーキテクト(IA)。前職では主にWebサイト制作にディレクターやエンジニアとして関わり、ホームセンターや老舗菓子メーカーのEC事業の構築および運用にゼロから携わる。その活動は、ウェブサイトの枠に限定せず、動画やイベント実施などコミュニケーションという視点でのわかりやすさを追求。大学や社会人講座、企業における講演経験もあり多方面にて活動中。

▶ X(Twitter):@sevenina