正直なところ、ヒアリングには苦手意識があります。
Webサイトの改善や情報設計を仕事にしている以上、ヒアリングは欠かせない行為です。それでも、何度経験しても「うまくやれた」と手放しで言える場面は多くありません。
苦手なままにしておくのも気持ち悪いので、今回はその苦手意識を自分なりに分解して整理してみます。
「聞く」と「ヒアリング」は、私の中で別物
私にとって「聞く」と「ヒアリング」は、別のものです。
「聞く」は、もう少し漠然としたもの。会話の中で相手の話をじわじわと拾っていく、日常的な行為です。一方で「ヒアリング」は、もう少し踏み込んだもの。具体的な目的があって、対象があって、時間の制限があります。
特にハードルの高さを感じるのが、協力者へのヒアリングです。当事者(たとえばプロジェクトオーナーのような方)は、そもそもその気でいてくれますし、それまでに積み重ねた関係性の上で話ができます。つまり「聞く」から「ヒアリング」へ段階的に進めやすいという印象を持っています。
ところが協力者の場合、前段階であるアイスブレイクの時間を十分に確保できないことが多い。加えてそこには時間制限があります。そうすると、本来聞きたいことの一部しか汲み取れずに終わることがあります。
想定は、だいたいズレる
私は結構、ヒアリング前には準備をします。
何を聞くべきか、何を確認したいか、ある程度の軸を言語化して臨みます。ところが始まってみると、相手から出てくる話は、こちらが聞きたかったこととズレていることが多い。
誤解のないように言うと、このズレ自体は悪いことだとは思っていません。得られる情報は枝葉のものが中心になりますが、それはそれでとても役に立ちます。「なるほどー!」と素直に言葉を発することだってよくあります。このほうが多いかもしれません。
ただ、こちらが軸だと思っていた情報を聞き損じてしまうことがあるというのも事実です。その結果、追加の疑問が生まれて、後日もう一度時間を割いてもらうことになります。
罪悪感の正体
時間を追加でもらうこと自体は、コミュニケーションを重ねるという意味で悪いことではありません。それでも私は、それをなるべく削減したいと思ってしまいます。
この気持ちの正体を分解すると、いくつかの感情が混ざっています。
一つは、相手へ気を使ってしまっていること。忙しい中、時間を割いてもらっている申し訳なさです。もう一つは、プロとしての自己評価。「一発で聞ききれないのはプロ失格ではないか」という自己採点。そして、関係性への不安。何度も時間をもらうことで、印象が悪くなるのではないかという気がかり。
ここが、私がヒアリングに苦手意識を持つ根っこにあるものだと思います。
軸と枝葉が、混線する
もう少し掘り下げると、ズレの構造にも理由があります。
こちらは準備段階である程度の軸を持って臨みますが、相手の関心はそこにないことが多い。さらに、相手自身も自分の関心を言語化できていない場合があります。
結果として、主従関係が曖昧なまま会話が進みます。枝葉の情報が軸のように語られたり、本当の軸がさらっと通り過ぎたりする。
それぞれの現場では、会話は弾むので気分のいいものにはなっていますが、結果的に「あれ?」と軸を見失ってしまうこともあります。
なるべくその場で整理したいのですが、確保いただく時間には制限があります。加えて、そのクライアントの中だけで定義されているルールや単語が普通に飛び交う。そして、やりとりは主に口頭です。情報の関係性を、その場で可視化して共有する手段が乏しい。
これがヒアリングの難しさの実態だと、改めて見えてきました。
ヒアリング設計は、情報設計と同じ構造だった
これまで工夫はしてきたつもりです。事前に質問リストを配ったり、複数回に分けて設定したり。それでもハマるときとハマらないときがあります。質問リストも数が多いと相手はうんざりしてしまう(と思い込んでいる?)ので、軸を外さない形に絞らなければなりません。
何を軸として置き、何を枝葉として扱うか。どの順番で、どの粒度で聞くか。相手の文脈の中にある言葉を、どう整理して共有するか。
——これ、まさに情報設計(IA)そのものだと気づきました。
Webサイトの情報設計で、ナビゲーションやページ構造に軸と枝葉の関係を持たせるのと同じように、ヒアリングにも軸と枝葉の設計が必要です。口頭で飛び交う情報を、その場で関係性ごと整理できる仕組みをどう持つか。ここが、私の次の試行錯誤のテーマになりそうです。
おわりに
もし同じようにヒアリングに苦手意識を持っている方がいたら、その苦手の中身を分解してみることをおすすめします。「何が苦手か」が見えると、工夫の方向が決まります。私の場合は「軸と枝葉の整理を、口頭で済まさない仕組みをつくる」が、次の一手になりそうです。
私の整理にお付き合いいただきありがとうございました。