「専門知識と感覚」が必要な理由

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生成AIでWebサイトが作れる時代に「専門知識と感覚」が必要な理由

さて、前回はこのサイトのリニューアルにClaudeを使ってどんな感じに進めたか・・というのを簡単ではありましたがお伝えしました。

今回はそれを経て感じた「専門的な知識とそこからくる感覚は絶対必要」ということについて書いてみようと思います。その感覚の正体が、後半で言う「願望」と「感想」だと私は考えています。

作ることはもうできる

生成AIの発達(進化)に伴い、実際に作ることに対してのハードルは一気に下がりました。これまでは例えばWebページで話をするならば、以下のような知識が前提として必要でした

  • WebページってHTMLとかCSSとかjavascriptでできている
  • HTMLってのは構造を定義しているもので
  • CSSってのがレイアウトとか装飾を作ってて

というような技術的なハードルの前にある、「そもそもどういうものなのか?」を知っておくことは必要でした。これがないと次のステップ技術的な話はできないものだった・・と私は捉えています。

これらの知識を知った上で、テクニック的な基礎として

  • HTMLの書き方
  • CSSの書き方
  • javascriptの書き方
  • 他のプログラムの書き方

などのそれぞれの作法を習い、何かが作れるようになります。

そして、それらの知識の研鑽を経て、思うようなサイトが作れるようになってくるわけです。

生成AIの登場において、上記の研鑽の手前までのステップが一切必要ではなくなったと言ってもいいかもしれません。「◯◯なWebページが作りたい」という指示を出せば、基本的な書き方にはほぼ問題のない状態で仕上がります。さらに言えば、英語が苦手な日本人がたまにやりがちなid=kaishaなどのローマ字使いのセレクタなども無くなるので、ちょっとしたことですが、格好もつきます。

作ることはもうできる世界は思いの外早く来てしまいました。

お寿司で考えてみる

では作れたらそれでいいのでしょうか?こう言う時にはやはりこれまでの歴史や普段の周りの他の業界に目を向けるといいのかもしれません。

例えばお寿司。寿司職人の方々がいろんな感覚を研ぎ澄まし、ひとつのお寿司を握り、それをいただきます。一方、回転寿司などではマシーンが握ってレーンから届きます。さらにスーパーではパックで売っています。

もともとはお寿司は職人さんが握るものでした。テクノロジーの発達で機械で握れるようになりました。マーケティング的な視点でスーパーで売られるようになりました。

少し職人さんにフォーカスを当ててみましょう。昔は釜でご飯を炊いていたでしょう。今は炊飯器じゃないでしょうか。魚だって昔は手漕ぎの船で沖に出て竿で釣ってたわけです。それが今はエンジン付きの漁船で・・と職人が握る寿司でさえ、テクノロジーの恩恵を受けています。

回転寿司で言えば、職人が握る寿司に近くなるために、やっぱり最後は人が・・みたいなところもどうしてもあったりします。スーパーのパックのお寿司でも価値をあげるために、魚は人が包丁を入れる・・みたいな工夫があります。

人の関わり具合が価値を作る

ウェブサイト制作など今生成AIが大きく影響を及ぼしている世界においても同じことが言えるのではないでしょうか?冒頭のような「ただ作るだけ」というのは生成AIでおそらく今後もできるようになるでしょう。そのままでは、おそらく大量生産で作られたもの感が仮に個性がありそうなものであっても生まれてくると思います。

作られたものに対しての人の関わり具合がどうなのか?はおそらく見えるものではなく、どこかで感じるもののようにも思います。実際今でも生成AIだけで作られたコンテンツは人が作ったものと見分けはつきませんが、言葉にできない何かを感じる・・なんてことがありませんか?おそらくそこです。

今の所考える関わり方

まだ最終的な答えではありませんが、今の私が思う「人の関わり方」は大きく2つあります。「願望」と「感想」です。

願望

「〇〇をしたい」「〇〇を作りたい」「〇〇をなんとかしたい」といった願望です。これは作るための「0地点」でしょう。この願望をストレートに生成AIにぶつけることがシンプルですが、大事です。しかし、意外とこの「願望」というのは難しいものです。何よりも「そんなのない」という反応がありそうです。

おそらくこの時にハードルになっているのは、言語化ということになるのではないかと思っています。どこか私たちは誰かに何かを伝えようとした時に言語化を意識します。その言語化ができなかった時、文字通り言葉にならないので結果的に伝えないと言う判断になることがあります。

もちろん言語化力を鍛えることはすごく大事です。これは間違いない。ここをサボってはいけませんが、生成AIに対しては、正しい言語化は必要ありません。とても素直な思いつくままに言葉になっていない言葉を投げかけても生成AIはそれなりに理解してくれますし、逆に「自分の発言を整理しながら」みたいな一言を前段階で投げておくと言語化の手助けだってしてくれます。

この「願望」を素直に生成AIに話しかけることが大事です。

感想

そして感想です。この中には評価というものもありますが、まずは感想でしょう。出来上がったものに対して「どう思うか」です。これも結局は先ほどと同様に言語化が必要なのですが、生成AIに対しては少々雑な感想で大丈夫です。

ただの感想ではなく評価をしようとすると、私たちに必要なのは知識に基づく感覚です。ある意味審美眼とも言えるのかもしれません。先ほどの寿司の例で言うと、たまにテレビでもやっていますが、回転寿司チェーンで出す寿司を寿司職人が評価するみたいなやつに近いイメージです。経験も含めた知識を持っていれば、アウトプットに対して評価ができる。この評価は別に唯一絶対ではないので、さまざまなものがあっていい。それを生成AIのアウトプットに与えることで関わっていく。

そして、この感想がまた次の願望を生みます。「ここがちょっと違う」という感想が「こうしたい」という願望になり、また生成AIに投げかける。このサイクルを回せる人が、生成AIのアウトプットに人の色をつけていける人なのではないかと思っています。

AIに仕事が奪われても大丈夫にする

生成AIによって仕事が無くなる、という話をよく聞きます。ただ、先日見つけたデータが少し違う示唆をしていました。コードの50%以上をAIで生成している層は、活用度の低い層と比較して月単価が約10万円高いという調査結果です。

https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000213.000045379.html

AIを使うことで差し代わった業務があるのも事実でしょう。ただ同時に、レベルが上がった仕事もある。この差はどこから来るのか。

私は「願望」と「感想」を持って関わり続けているかどうか、ではないかと思っています。便利になった分を「楽をすること」に使うか、「より良くすること」に使うか。その選択が、じわじわと価値の差になっていくように思います。

まだ現時点の答えでしかありません。ただ、「願望」と「感想」を持って生成AIと関わり続けること。私の現在地としてのひとつの答えです。

著者:稲本浩介

著者:稲本浩介

コミュニケーション設計所代表 / 情報アーキテクト

「わかりやすく伝えるにはどうしたらいいか?」を常に考える福岡の情報アーキテクト(IA)。前職では主にWebサイト制作にディレクターやエンジニアとして関わり、ホームセンターや老舗菓子メーカーのEC事業の構築および運用にゼロから携わる。その活動は、ウェブサイトの枠に限定せず、動画やイベント実施などコミュニケーションという視点でのわかりやすさを追求。大学や社会人講座、企業における講演経験もあり多方面にて活動中。

▶ X(Twitter):@sevenina